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岡山地方裁判所 平成6年(ワ)802号 判決 1998年4月22日

原告 A野太郎

右訴訟代理人弁護士 加瀬野忠吉

被告 香川晃一

右訴訟代理人弁護士 菊池捷男

同 浅野律子

被告 越山雄二

<他2名>

右両名訴訟代理人弁護士 吉田麻臣

主文

一  被告香川晃一は、原告に対し、金三三〇万円及びこれに対する平成三年九月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告香川晃一に対するその余の請求、被告越山雄二、同有限会社アールケー大阪、同中嶋晴喜に対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用中、原告と被告香川晃一との間に生じた分はこれを三分し、その一を同被告の、その余を原告の、原告と被告越山雄二、同有限会社アールケー大阪、同中嶋晴喜との間に生じた分は原告の各負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは各自、原告に対し金一〇〇〇万円及びこれに対する平成三年九月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

(被告香川晃一、被告有限会社アールケー大阪、被告中嶋晴喜)

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 原告は、平成三年九月六日、株式会社エイエム三井(以下「エイエム三井」という。)ないし株式会社アートメーキング三井(以下「アートメーキング三井」という。)が、岩井省三を開設者として開設していた眼科診療所岩井眼科(大阪市淀川区西中島四丁目四番一六号新大阪天祥ビル六号館三階所在、以下「岩井眼科」という。)において、被告香川晃一(以下「被告香川医師」という。)の執刀の下に、近視矯正手術であるRK手術(RKとは、ラジアルケラトトミー:Radial Keratotomy〔放射状角膜切開術〕の略語で、角膜に放射状に切開を加え、その屈折度数を変化させることにより近視を改善矯正する手術方法である。以下「本件RK手術」という。)の施行を受けた者である。

(二) 被告ら

(1) 被告香川医師は、平成三年九月六日当時、岩井眼科こと岩井省三に被用されており、原告に対する本件RK手術の執刀医であるとともに、後記のとおり、平成四年一月一四日、岩井眼科が営業廃止後、同じ場所において、自ら開設者となって香川眼科を開設した者である。

(2) 被告越山雄二(以下「被告越山」という。)は、岩井眼科の実質的経営者であったエイエム三井ないしアートメーキング三井の代表取締役であった者である。

(3) 被告有限会社アールケー大阪(以下「被告アールケー大阪」という。)は、エイエム三井ないしアートメーキング三井が岩井眼科の運営を直接担当させる会社として設立した関係会社の一つであり、アートメーキング三井グループを構成し、岩井眼科を直接運営していた会社である。

(4) 被告中嶋晴喜(以下「被告中嶋」という。)は、被告アールケー大阪の代表取締役である。

2  診療契約の締結と手術の施行

(一) 原告は、平成三年九月六日、岩井眼科こと岩井省三との間で、本件RK手術の施行により、代金一眼三五万円、両眼で合計七〇万円で眼の診察及び治療を受ける旨の診療契約を締結し、被告香川医師は、同日、同眼科において、原告に対し、第一回目の本件RK手術を施行した。

(二) 被告香川医師は、平成四年一月一四日、岩井眼科が営業廃止後、同じ場所において、岩井眼科の患者及び人的・物的設備等のすべての営業をそのまま引き継いで、自らを開設者として香川眼科を開設し、これにより、岩井眼科こと岩井省三と原告との間の診療契約上の権利義務の一切を承継した。

(三) 被告香川医師は、平成四年三月六日、原告との間で前同様の診療契約を締結し、同日、香川眼科において、原告に対し、第二回目の本件RK手術を施行した。

3  原告に対する本件RK手術の内容とその後の経過

(一) 第一回目の本件RK手術前の原告の眼の状態

第一回目の本件RK手術前の原告の眼の状態は、裸眼視力が右眼が〇・〇六、左眼が〇・〇七、屈折度数が右眼がマイナス四・七五D(ジオプトリー)、左眼がマイナス二・五〇D、乱視度数が右眼がマイナス〇・五〇D、左眼がマイナス一・五〇D、乱視の軸角度が右眼が一〇五度、左眼が八〇度であり、右眼が中等度の近視であり、左眼が倒乱視のきつい状態であった。

(二) 第一回目の本件RK手術の施行と術後の経過

右手術は、被告香川医師の執刀により、右眼についてはオプティカルゾーン(角膜の中心部で切開を入れない部分)の直径二・八ミリメートル、放射状の切開の本数八本、左眼についてはオプティカルゾーンの直径三・〇ミリメートル、放射状の切開の本数四本、横断的なT切開の本数二本という手術計画のもとに施行された。

なお、実際のオプティカルゾーンの直径は、右眼が二・六ミリメートル、左眼が二・四ミリメートルとなっており、手術計画よりさらに狭くなっている。

右手術の結果、原告の右眼の裸眼視力は〇・〇六から〇・二に、屈折度数はマイナス四・七五Dからプラス二・七五Dに、乱視度数はマイナス〇・五〇Dからマイナス二・五〇Dに、乱視の軸角度は一〇五度から九〇度になり、左眼の裸眼視力は〇・〇七から〇・八に、屈折度数はマイナス二・五〇Dからプラス〇・七五Dに、乱視度数はマイナス一・五〇Dからマイナス一・〇Dに、乱視の軸角度は八〇度から一三〇度になった。すなわち、右眼については、裸眼視力は多少改善されたものの、強めの遠視状態(過矯正)になり、乱視度数も増加してしまった。また、原告は、右手術後、左眼については、夜間にスターバースト(放射状の切開がなされている関係で、例えば、夜間車のヘッドラインのような強い光を見た場合、その光が放射状に飛び散るように見える症状)が現れ、右眼については、物が二重、三重に見え、激しいスターバーストが現れ、グレア障害(暗いところでは瞳孔が切開端よりも大きく開くために、眼に乱反射光が入ってしまって、まぶしさを感じる症状)の自覚症状があった。

(三) 第二回目の本件RK手術の施行と術後の経過

原告は、第一回目の手術後右眼の状態が悪かったため、平成四年三月六日、被告香川医師に勧められ、同医師の執刀により第二回目の本件RK手術を受けた。右手術では、右眼の乱視状態を矯正するため、右眼の三時ないし九時の位置に一本ないし二本のT切開を加えることが計画されたが、実際には、九時の位置に一本の切開が加えられた。

右手術の結果、原告の右眼の裸眼視力は〇・二から〇・五に多少改善されたが、屈折度数はプラス二・七五Dからプラス二・〇Dに変化しただけでほとんど改善はなく、乱視度数はマイナス二・五〇Dのままで変化はなく、乱視の軸角度は九〇度の倒乱視から二〇度の直乱視の状態に改善された。しかし、第二回目の手術後もスターバーストが現れ、物が二重に見える状態が続いていた。

(四) 第三回目の本件RK手術の施行と術後の経過

原告は、平成四年九月二六日、香川眼科において、李医師の執刀により、右眼に五本のT切開を加える第三回目の本件RK手術を受けた。

右手術の結果、原告の右眼の裸眼視力は〇・五から〇・七に、屈折度数はプラス二・〇Dからプラス一・五〇Dに、乱視度数はマイナス二・五〇Dからマイナス一・七五Dにそれぞれ改善されたが、乱視の軸角度が二〇度の直乱視から七〇度の倒乱視に逆戻りしてしまった。

(五) 現在の原告の眼の状態

平成七年八月四日の検査時における原告の眼の状態は、右眼については、裸眼視力が〇・七、矯正視力が一・〇、屈折度数がプラス一・五〇D、乱視度数がマイナス一・七五D、乱視の軸角度が七〇度であり、左眼については、裸眼視力が〇・九、矯正視力が一・二、屈折度数がプラス〇・七五D、乱視度数がマイナス一・二五D、乱視の軸角度が一四〇度であり、右眼が裸眼視力〇・七、左眼が裸眼視力〇・九の各混合乱視の状態にあった。

原告の現在の近方視力は、右眼は裸眼視力で〇・二、矯正視力でも〇・五、左眼は裸眼視力で〇・三、矯正視力でも〇・八となっており、遠方視力と比べて極めて低い点が特徴的であり、近業に支障がでる状況にある。

原告は、現在細かい物が見えづらい、夜間は物がよく見えない、両眼にスターバースト現象が現れる、朝と夜で視力が安定しないなどの症状を呈しており、特に、右眼は、乱視のため、物が二重に見え、丸い物を見るとその周りに陰ができ、大きなスターバーストのために夜間車の運転ができない状況にある。

原告の右のような症状は、角膜形状解析の結果によると、両眼とも球面不正指数と球面均整指数が高く、不正乱視状態にあり、特に右眼の不正乱視の程度が強いことや、夜間コントラスト感度及び夜間中心グレア障害検査の結果、右眼に中程度の低下が見られることから裏付けられる。

そして、原告の右のような症状は被告香川医師が行った本件RK手術において、オプティカルゾーンの直径が右眼で二・六ミリメートル、左眼で二・四ミリメートルと標準的なRK手術の術式と比較して狭く、瞳孔領域内に切開線が及んでいることや、右眼では切開線が合計一四本と極めて多く、角膜不正乱視が生じていることなどが原因と考えられる。

4  被告らの責任

(一) 被告らによるRK手術専門医院の開設と杜撰なRK手術の実施

(1) RK手術についての日本眼科学会の一般的見解

RK手術は、前記のとおり、Radial Keratotomyの略語で、放射状角膜切開術を意味する。RK手術は、簡単に言うと、角膜を放射状に切開して角膜曲率を変化させ、これによって屈折矯正(近視の改善)を図る手術である。

RK手術は、原告が本件RK手術を受けた平成三年九月当時、その安全性と有効性に疑問が指摘され、特に手術による合併症や後遺症の危険性が高いことなどから、日本眼科学会において、視力矯正方法として容認された手術方法ではなかった。

なお、平成五年九月には、日本眼科学会も、厳しい条件付きでRK手術容認の方向に転換したが、そこでも、RK手術を含む屈折矯正手術の適応について、「屈折矯正は、基本的にはまず眼鏡あるいはコンタクトレンズによって行われるべきであり、それらが装用困難な場合にのみ屈折矯正手術が考えられる。その適応は、二〇歳以上で本手術の問題点と合併症とについて、十分に説明を受けて納得し、かつ三Dを超える屈折度の安定した近視等のいずれかに該当する者とする。」とされ、かつ、屈折矯正手術は眼科専門領域の手術であり、術者は同学会認定の専門医でなければならず、同学会推薦の屈折矯正手術に関する講習会を受講することが望ましいとされていた。

(2) 被告らの行っていたRK手術の内容

被告香川医師は、眼科専門医ではなく、その専攻分野は病理学であり、眼科診療については、アートメーキング三井が出していた美容外科医師募集の求人広告を見て応募し、同社に入社後、台湾で一か月程度RK手術の研修を受けただけであって、本格的な研修を受けたことはなく、日本眼科学会認定の専門医ではない。

RK手術については、ソートン式近視術ガイドなどいくつも術式が公表されているが、いずれも、角膜の中心部分に切開を加えずに残すオプティカルゾーンの直径を、三ミリメートル以下にするとグレア障害等が発生しやすく、また五ミリメートル以上にすると近視矯正効果がほとんどなくなるため、通常三ミリメートルから五ミリメートルの範囲を設定している。しかし、被告香川医師は、このようにRK手術として一般的に認められた術式には従わず、オプティカルゾーンの直径を三ミリメートル以下に設定する独自の術式に基づいてRK手術を行っていた。さらに、被告香川医師が実際に行ったRK手術では、手術の結果オプティカルゾーンが手術計画よりさらに狭くなっていたため、手術後グレア障害等の後遺症が発生する患者の割合が極めて高かった。

また、RK手術では、角膜にどの程度の深さまで切開線を入れるかが非常に重要なポイントであり、しかも、角膜の厚さには個人差があり、部位によってもその厚さが異なるため、RK手術の術前検査では、角膜の厚さを超音波等を使用して正確に計測することは必須である。ところが、被告香川医師は、そのような角膜の厚さの計測を実施せず、極めて粗雑な手術を行っていた。そのため、被告香川医師の施行したRK手術では、切開線の太さが不同であったり、湾曲があったり、途中で枝分かれしたり、切開線の深さが不均一であったりした。

このように被告香川医師の手術計画及び実際の手術手法は、十分な術前検査を行わず、術式の決定方法も極めていい加減で場当たり的なものであった。

(3) 被告らの宣伝広告

エイエム三井とアートメーキング三井は、専らRK手術を行うことを目的として眼科診療所を経営することを計画し、平成三年四月に岩井眼科を開設してRK手術を開始した。右両社は、岩井眼科と同様なRK手術専門眼科診療所や美容外科診療所、エステティックサロン等の事業を日本全国でチェーン展開している会社であり、医療法に違反する入れ墨美容を行っていたことで、警察の摘発を受け、代表取締役の中嶋直喜が自殺したことを契機として、その後解散するに至った。

その後、被告香川医師は、前記のとおり、平成四年一月一四日に岩井眼科廃止後は、眼科診療所の名称を香川眼科と変更しRK手術を継続した。

エイエム三井ないしアートメーキング三井は、「大阪RK手術専門医院」、「大阪形成眼科」、「大阪岩井眼科」、「小川形成クリニック」、「香川眼科」、「伊藤クリニック」等の名称を使用して、眼科診療所を開設していたが、RK手術について、「RK手術は視力がほぼ一〇倍以上回復する。」、「近視・乱視が治る驚異の手術」、「RK手術が原因の後遺症や視力の低下は報告されていない。」、「アメリカで三〇万人の人達が、ソ連では一二万人の人達が視力を取り戻し、その有効性と安全性が確認された。」などと、あたかも安全性が確立し有効な近視矯正法であって、何らの後遺症や合併症も伴わない簡単な手術であるかのように、専らその有利性のみを強調した医療法違反の虚偽・誇大な広告を、タクシーの中で配布されるパンフレットやミニコミ誌、新聞の折り込みチラシ等で積極的に行っていた。

(4) 原告が本件RK手術を受けるに至った経緯

原告は、エイエム三井ないしアートメーキング三井の前記広告記事を見て、岩井眼科に電話したところ、手術を受けるか否かは別にして、検査を受けるように言われ、平成三年九月六日、検査目的で岩井眼科を受診した。

原告は、同日、視力検査、眼圧検査、眼底検査及び尿検査を受けた後、カウンセラーと称する榎本隆俊(以下「榎本」という。)からカウンセリングを受けた。

榎本は、原告に対し、「検査の結果、RK手術は可能であり、簡単な手術である。」、「手術をすれば、一〇倍視力が回復する。」、「アメリカで三〇万例が実施されているが、手術の失敗はまったくない。」などと言って、RK手術が失敗のない安全な手術である旨説明し、さらに、「三ないし六か月先まで予約が一杯で、今、手術しなければ、いつ手術ができるかわからない。」、「今日、九州から来る予定の人が来られなくなったので、空きがある。」などと言って、あたかも岩井眼科は絶えず手術予定が一杯で、この機会を逃せば手術が相当期間不可能となるかのごとくに虚偽の事実を告知して、原告の冷静な判断力に混乱を生じさせ、原告をして直ちにRK手術を受けなければならないという気持ちにさせた。

被告香川医師及び榎本は、原告に対し、本件RK手術前にRK手術が失敗した場合、著しい過矯正(極度の遠視状態になること)、乱視、スターバースト症状、グレア障害、夜間の視力低下等の合併症や後遺症が発生する危険性のあることを全く告知しなかった。

そのため、原告は、RK手術は安全な手術であると信じて岩井眼科で手術料七〇万円を支払って本件RK手術を受けることを決意し、平成三年九月六日、本件RK手術を受けるに至った。

(二) 不法行為責任

以上のように、被告らの行った広告内容やRK手術の勧誘方法、手術内容、一眼につき三五万円(両眼で七〇万円)という高額の手術代金等を総合的に評価すれば、被告らは、高額の手術代金という収益を企図して危険性の高い医療行為を共同して行ったものであって、右行為は全体として不法行為を構成する。

(三) 債務不履行責任

仮に、被告らの前記行為が不法行為を構成しないとしても、被告香川医師には、次のとおり、説明義務違反及び適正手術義務違反があり、同被告は、これによって原告に生じた損害を賠償すべき責任がある。

(1) 説明義務違反

RK手術は、合併症や後遺症が発症する危険性の高い手術であり、前記のとおり、原告が本件RK手術を受けた平成三年九月当時、日本眼科学会においても、近視の治療方法として適切であるか否かについて種々の疑問が提起されていて、同学会において未だ容認されていない手術方法であった。しかも、本件RK手術は、その医学的必要性や緊急性が他の医療行為に比して乏しいという特色を有しており、原告に対する説明の時間的余裕もあったのであるから、被告香川医師は、医師として、本件RK手術を実施するにあたり、原告に対し、眼の症状、手術の内容、効果、手術により予想され得る合併症や後遺症の発症等手術の問題点について十分説明すべき義務があったにもかかわらず、被告香川医師が本件RK手術前に原告に告知した内容は、前記のとおり、あたかもRK手術が絶対安全な視力矯正術であり、合併症や後遺症発症の危険性は全くないというものであって、その内容は明らかに虚偽であり、仮に虚偽でないとしても、原告が本件RK手術を受けるか否かを決定するために必要な事実の告知としては極めて不十分であって、被告香川医師は、右説明義務を怠ったものである。

その結果、原告は、手術を受けるか否かについて正しく判断できないまま本件RK手術を受けるに至ったのであり、原告は、被告香川医師から本件RK手術前にその内容や危険性等について十分説明を受けていれば、これを拒否したことは明らかである。

(2) 適正手術義務違反

人の生命及び健康を管理すべき業務(医業)に従事する医師は、その業務の性質に照らし、診療契約の履行にあたって、危険防止のため実験上必要とされる最善の注意義務を要求され、その注意義務の基準となるべきものは、診療当時のいわゆる臨床医学の実践における医療水準であるから、手術にあたっては、手術当時の臨床医学の実践における医療水準を基準として、適切な手術方法に従い、適切な手術をなすべき注意義務がある。

さらに、前記のとおり、RK手術は他の医療行為に比し、緊急性が乏しい上、その治療効果が患者の主観的願望と一致することが強く求められているところから、医師としては、手術前に十分時間をかけて患者の全身状態や手術部位等の検査を行い、手術の方法、成功度合い、合併症・後遺症等につき慎重に検討して手術の適応を判断し、手術の実施にあたっては、これを慎重に行うことはもちろんのこと、症状の変化に対応し、患者が回復困難な予後症状に陥る結果を回避すべき注意義務がある。

しかるに、被告香川医師は、前記のとおり、本件RK手術当時、RK手術の方法として一般的に認められていた術式には従わず、独自の見解に基づいてオプティカルゾーンの範囲を極めて狭く設定する術式を採用し、角膜厚の検査等必須の術前検査も実施せずに極めて不適切な手術を施行し、その結果、原告に前記のとおりの後遺症等を発生させた。

(四) まとめ

以上のとおり、医師として前記各注意義務に違反した被告香川医師による本件RK手術の施行は不法行為ないし債務不履行を構成し、同被告は、原告が本件RK手術の施行によって被った損害を賠償すべき責任がある。

5  損害

原告は、次のとおり本件RK手術によって合計一七二七万円の損害を被った。

(一) 手術費 七〇万円

原告は、本件RK手術費として七〇万円を支払った。

(二) 逸失利益 一〇〇〇万円

原告は、本件RK手術前、コンピュータ関係のハードウェアの設計・製作の業務に従事していたが、本件RK手術後発症した合併症や後遺症により、数日間の休養や自宅療養を強いられたことを始めとして、手術前の職務を継続することができなくなり、職務内容の変更を余儀なくされた。

また、将来前記合併症や後遺症等が継続することが予想され、相当額の得べかりし利益を損失することが避けられない。

原告の平成三年分の所得は、二六六八万三〇〇〇円であり、本件RK手術による合併症や後遺症により、原告の労働能力は低下しているが、その程度は、少なくとも自賠責保険の後遺障害等級一一級に相当し、原告の逸失利益額は一〇〇〇万円を下らない。

(三) 慰謝料 五〇〇万円

原告は、本件RK手術に伴う合併症及び後遺症により、仕事及び日常生活の上で多大な不都合を受けており、耐え難い精神的苦痛を味わっているだけでなく、被告らの甘言に乗せられて本件RK手術を選んだことに対する悔恨の念にかられる日々を過ごしており、合併症や後遺症を持ったままの将来の生活に不安を感じている。

右苦痛を金銭的に慰謝するには、少なくとも五〇〇万円が相当である。

(四) 弁護士費用 一五七万円

原告は、被告らから任意に損害の賠償を受けられないため、やむなく原告訴訟代理人に本件訴訟の提起・追行を委任し、相当額の弁護士費用を支払うことを約した。本件事案の内容等からして、前記損害額合計一五七〇万円の一割に相当する一五七万円が、本件手術と相当因果関係にある弁護士費用の損害として認められるべきである。

6  よって、原告は、被告らに対し、連帯して、主位的に不法行為責任、予備的に債務不履行責任に基づく損害賠償として、前記損害の内金一〇〇〇万円及びこれに対する第一回目の本件RK手術の日である平成三年九月六日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  被告香川医師

(一) 請求原因1のうち(一)及び(二)の(1)、(2)は認め、(3)、(4)は知らない。

(二) 請求原因2のうち(一)、(三)は認め、(二)のうち、被告香川医師が岩井眼科を引き継いだ点は否認し、その余は認める。

(三) 請求原因3について

(1) 請求原因3(一)について

第一回目の本件RK手術前の原告の眼の状態が、裸眼視力が右眼が〇・〇六、左眼が〇・〇七、屈折度数が右眼がマイナス四・七五D、左眼がマイナス二・五〇D、乱視度数が右眼がマイナス〇・五〇D、左眼がマイナス一・五〇D、乱視の軸角度が右眼が一〇五度、左眼が八〇度であったことは認める。

(2) 同(二)について

被告香川医師が、平成三年九月六日、原告に対し、右眼についてはオプティカルゾーンの直径二・八ミリメートル、放射状の切開の本数八本、左眼についてはオプティカルゾーンの直径三・〇ミリメートル、放射状の切開の本数四本、横断的なT切開の本数二本の手術計画を立て手術を施行したことは認めるが、実際のオプティカルゾーンの直径が、右眼が二・六ミリメートル、左眼が二・四ミリメートルとなっていることは知らない。

第一回目の手術の結果、原告の左眼の裸眼視力は〇・〇七から〇・八に、屈折度数はマイナス二・五〇Dからプラス〇・七五Dに、乱視度数はマイナス一・五〇Dからマイナス一・〇Dに、乱視の軸角度は八〇度から一三〇度になったこと、右眼については、裸眼視力は〇・〇六から〇・二に、屈折度数はマイナス四・七五Dからプラス二・七五Dに、乱視度数はマイナス〇・五〇Dからマイナス二・五〇Dに、乱視の軸角度は一〇五度から九〇度になったことは認めるが、第一回目の手術後、スターバースト及びグレア障害等の自覚症状があったことについては知らない。

(3) 同(三)について

右眼の状態改善のため、平成四年三月六日、被告香川医師により、第二回目の手術が行われたこと、第二回目の手術では、右眼の乱視状態を矯正するため、右眼の三時ないし九時の位置に一本ないし二本のT切開をすることが計画されたこと、実際には、九時の位置に一本のT切開が加えられたことは認める。

第二回目の手術後、右眼の裸眼視力が〇・二から〇・五に、屈折度数がプラス二・七五Dからプラス二・〇Dに、乱視度数がマイナス二・五〇Dのままで変化がなく、乱視の軸角度が九〇度から二〇度になったことは認めるが、スターバースト及びグレア障害等の症状については知らない。

(4) 同(四)について

平成四年九月二六日に、原告が右眼について第三回目の手術を受けたこと、その執刀医が李医師であったことは認めるが、手術の内容については知らない。

右手術後、原告の右眼の裸眼視力が〇・五から〇・七に、屈折度数がプラス二・〇Dからプラス一・五〇Dに、乱視度数がマイナス二・五〇Dからマイナス一・七五Dに、乱視の軸角度が二〇度から七〇度になったことは認める。

(5) 同(五)について

平成七年八月四日の検査時における原告の眼の状態が、右眼については、裸眼視力が〇・七、矯正視力が一・〇、屈折度数がプラス一・五〇D、乱視度数がマイナス一・七五D、乱視の軸角度が七〇度であり、左眼については、裸眼視力が〇・九、矯正視力が一・二、屈折度数がプラス〇・七五D、乱視度数がマイナス一・二五D、乱視の軸角度が一四〇度となっていることは認めるが、両眼が混合乱視の状態であるとの点は否認する。

原告の近方視力が、右眼では裸眼視力で〇・二、矯正視力で〇・五、左眼では裸眼視力で〇・三、矯正視力で〇・八となっていることは知らない。近方視力が遠方視力と比べて低いことと本件RK手術との因果関係は否認する。

原告の現在の症状については知らない。原告が不正乱視の状態にあること、夜間コントラスト感度が低下していることなどの原告の症状と被告香川医師が行った本件RK手術との因果関係は否認する。

原告は、瞳孔領域内に切開線が及んでいることが夜間視力の低下の原因となっている旨主張するが、夜間視力の低下との因果関係の有無はさておいても、切開線が瞳孔領域に及ぶことは、日本人の平均瞳孔径が五ないし六ミリメートルである以上、仮に原告主張の三ミリメートル以上という基準に従っても、切開線は瞳孔領域に及ぶこととなる。したがって、切開線が瞳孔領域に及ぶことは、RK手術の法療方法としての正当性・妥当性を論じるのであればともかく、個々のRK手術の問題性を示すものではない。

(四) 請求原因4について

(1) 請求原因4(一)(1)について

RK手術の定義は認めるが、日本眼科学会で容認された手術方法ではなかったとする点は否認する。

日本において、角膜切開による屈折矯正手術には、佐藤教授の術式に多数の合併症が発生したという歴史的経緯があり、旧ソビエト連邦で普及してきたRK手術の術式に関して日本眼科学会で議論があったことは確かであるが、同学会がこれを容認していないと評価することは偏見に基づくものである。当時RK手術について議論されていたことは、まさしく、安全性と有効性をいかに求めるかということであった。

平成五年九月には、日本眼科学会も、RK手術を容認する方向に転換したが、そこでRK手術を含む屈折矯正手術の適応について、「屈折矯正は、基本的にはまず眼鏡あるいはコンタクトレンズによって行われるべきであり、それらが装用困難な場合にのみ屈折矯正手術が考えられる。その適応は、二〇歳以上で本手術の問題点と合併症とについて、十分に説明を受けて納得し、かつ三Dを超える屈折度の安定した近視等のいずれかに該当する者とする。」とされていたこと、そして、屈折矯正手術は眼科専門領域の手術であり、術者は同学会認定の専門医でなければならないし、さらに、術者は同学会推薦の屈折矯正手術に関する講習会を受講することが望ましいとされていたことは認める。

(2) 同4(一)(2)について

被告香川医師の専門が病理学であったこと、アートメーキング三井への入社が、美容外科医師募集の求人広告に応募したことがきっかけであったこと、被告香川医師が、台湾でRK手術の研修を受けたこと、日本眼科学会認定の専門医ではないことは認めるが、眼科の基礎知識について、本格的な研修を受けたことはないとする点は否認する。

被告香川医師は、台湾でRK手術の研修を受けたほか、エキシマレーザーによる切開手術の手技に関するものであるがアメリカでも研修を受けており、研修後は、岩井眼科で陳医師の指導を受けていたものである。

RK手術の術式については、ソートン式近視術ガイドなどいくつも術式が公表されていること、オプティカルゾーンの直径を五ミリメートル以上にすると近視矯正効果がほとんどなくなること、被告香川医師がオプティカルゾーンの直径を三ミリメートル以下に設定することがあることは認めるが、三ミリメートル以下に設定するとグレア障害等が発生しやすくなること、被告香川医師が実際に行ったRK手術におけるオプティカルゾーンが手術計画よりさらに狭くなっていたため、術後にグレア障害等の後遺症が発生する患者の割合が極めて高かったことは否認する。

RK手術で切開線の深さが矯正効果の点で重要なポイントであること、被告香川医師がRK手術の際に角膜の厚さの測定をしなかったことは認めるが、極めて粗雑な手術を行っていたこと、切開線の太さが不同であったり、湾曲があったり、途中で枝分かれしたり、切開線の深さが不均一であったりしたことは否認する。

オプティカルゾーンの直径を小さくすると、グレア障害発生の危険性が高まる点を指摘する考え方もあるが、オプティカルゾーンの直径を大きくすることでその発生を防ぐ効果は小さい。グレア障害の発生はオプティカルゾーンの直径を三ミリメートル以下にすることでは必ずしも回避できないのである。被告香川医師は、オプティカルゾーンの直径を大きくする方法を選択した場合、同様の矯正効果を得るためには切開本数を増やさなければならず、そうすると、角膜への侵襲が増大し、好ましくないと判断している。

角膜厚の測定は術中でも可能であり、また、角膜厚は部位によって差があるので、十分な深さを取りながら、穿孔を起こさないようにするためには、手術時の術者の調節によるところが大きい。被告香川医師は、RK手術を実施する際、一本目の切開では、深さ〇・五五ミリメートルで切開を行い、その具合を見て、次に、ダイヤモンドメスの深さを調節し、角膜厚の平均値である〇・六〇ミリメートルまでの間の深さで切開を行っている。深度の測定にはスリットランプの光をあてて計測する方法をとる。なお、原告の角膜厚は右眼〇・五七六ミリメートル、左眼〇・五八二ミリメートルであり、この手法を採ることに問題はない。

被告香川医師は、十分な矯正効果を得るためには、切開本数を増やすよりは、オプティカルゾーンの直径を小さくする方が、角膜への侵襲が少なく、より適切な結果が得られると判断している。

切開創の長さは、一本あたり約三ミリメートルであり、四本であれば合計長は一二ミリメートルであるが、八本であれば二四ミリメートル、一六本であれば四八ミリメートルであり、切開本数に比例して、角膜への侵襲が増大する。そして、この角膜侵襲の増大に比例して、各種病原体の付着や創傷治癒の遅延、角膜強度の低下といった危険が増大する。しかも、オプティカルゾーンの直径を大きめにとっても、スターバーストやグレア障害の発生回避効果は小さい。つまり、切開本数をできるだけ減らして、オプティカルゾーンの直径を小さくする方が、得られるメリットに対して、リスクが少ない。したがって、特に、近視度数の高い患者については、十分な矯正効果を得るためには小さめのオプティカルゾーンの直径を設定する必要があるのである。

原告は、オプティカルゾーンの直径の小ささがスターバーストやグレア障害の原因と断定しているが、オプティカルゾーンの直径を三ミリメートル以上に設定しても、これらの障害を完全に回避できるわけではない。したがって、被告香川医師のオプティカルゾーンの直径の設定傾向をもって手術方法の過誤を印象づけるかのような原告の主張は非科学的なものといわざるをえない。

(3) 同4(一)(3)について

岩井眼科ないしは香川眼科が、RK手術について、広告の中で、「RK手術は視力がほぼ一〇倍以上回復する。」、「RK手術が原因の後遺症や視力の低下は報告されていない。」という表現を用いていたことは認めるが、RK手術の安全性と有効性のみを強調した医療法違反の虚偽・誇大広告を行っていたことは否認する。

RK手術により、視力(裸眼視力)が数値的に一〇倍程度改善することは通常であり、何ら虚偽ではない。

(4) 同4(一)(4)について

原告が岩井眼科を受診した経緯は知らない。原告が、平成三年九月六日、岩井眼科を受診し、RK手術を受けたことは認める。同日、原告が榎本から受けた説明は知らない。被告香川医師が、RK手術の合併症や後遺症の可能性等につき、全く説明をしなかったとする点は否認する。

被告香川医師は、RK手術を実施する際、患者に対しては、手術の効果について、正視を目標とするが、矯正値に幅が生じること、角膜に切開線を入れる手術であることから生じやすいスターバーストなどの症状について必ず説明している。

また、被告香川医師は、すべての患者に対して手術承諾書を要求している。原告については、手術承諾書が記録上残されていないが、原告はその本人尋問で、手術に関する同意書面を書いた旨述べている。手術承諾書を要求する際、RK手術の矯正効果に幅のあることや、後遺症・合併症などの説明も合わせて行っている。

(5) 同4(二)について

原告の主張は否認する。

(6) 同4(三)(1)について

原告の主張事実は否認する。

被告香川医師は、術前の説明として、RK手術は現在の患者の状態の改善を目的とするものであり、適切な術式を選択して、かつそのとおり実施しても、完全な正視になるとは限らないこと、したがって、矯正不足もしくは過矯正により、術後も近視が残るか、遠視無味になる可能性があることを説明している。

さらに、同様の内容の説明を、カウンセリングの段階でも受けるようになっており、患者には、手術承諾書と、過矯正やグレア、スターバーストといった症状発生の可能性について説明した「術後の症状のご注意」という書面を交付の上、署名・押印を求めるようにしている。

(7) 同4(三)(2)について

被告香川医師が、本件RK手術当時、RK手術の方法として一般的に認められていた術式には従わず、角膜厚の検査等の必須の検査を実施せず、極めて不適切な手術を施行したとする点は否認する。

(8) 同4(四)について

原告の主張は否認する。

(五) 請求原因5について

(1) 手術費について

本件RK手術費が七〇万円であることは認める。

(2) 逸失利益について

原告には会社代表者としての所得があり、手術後の減収もない。仮に労働能力の喪失が一部認められるとしても、当然に稼得能力の喪失があることにはならないのであって、現実に原告の稼得能力は失われていないのであるから、逸失利益はない。

原告は、その症状が後遺障害等級一一級に相当すると主張するが、平成七年八月四日の検査結果によっても原告の左眼については乱視度数がわずかに正常範囲を出ているだけであり、右眼についても、眼鏡がなくても日常生活が行えるかどうかの目安として、運転免許で眼鏡を必要とする裸眼視力〇・六以上があげられるが、原告の裸眼視力〇・七はこれをクリアしている。

少なくとも、左眼に関してはほぼ正視の状態であり、右眼に関しても遠方視力は出ており、客観的に低い数値が出ているのは近方視力である。しかし、近方視力が遠方視力ほど良い数値が出ないことと本件RK手術との因果関係については明らかになっていない。なお、通常の視力検査では近方視力を測定しないので、本件RK手術においても近方視力の測定はなされておらず、比較するデータはない。したがって、本件RK手術後、原告の近方視力が低下したという根拠もない。

原告の主張は、細かい文字が見えづらいということの他に、夜間良く見えない、スターバースト症状があるというものであり、これらの症状を裏付ける検査結果として、コントラスト感度及びグレアテストの検査結果が示されているが、夜間の見えにくさやスターバーストなどの症状は極めて主観的なものであるうえ、コントラスト感度及びグレアテストの検査も、被検査者の応答に頼るものであり、しかも、そのような主観的な症状についての検査結果においても、左眼については、夜間コントラスト感度と昼間コントラスト感度について軽度の低下が見られるだけである。

原告の主張は、労働能力喪失率二〇パーセントとなる後遺障害等級一一級の一(両眼の眼球の著しい調節機能障害・運動障害)に準拠したものと考えられるが、後遺障害等級一一級の一に準ずるような労働能力喪失を裏付ける客観的なデータはなく、近方視力の低下について本件RK手術との因果関係は明らかでない。少なくとも、左眼については、労働能力喪失の対象となるような障害は認められず、両眼の眼球の著しい障害を前提とする原告の主張は認められない。

(3) 慰謝料について

本件RK手術により原告に合併症及び後遺症が生じたことは否認し、原告の仕事上及び日常生活上の不都合並びに精神的苦痛は知らない。慰謝料額については争う。

(4) 弁護士費用について

弁護士費用が本件RK手術と相当因果関係にある損害であるとの点は争う。

2  被告アールケー大阪、被告中嶋

(一) 請求原因1のうち(一)及び(二)の(1)ないし(3)は知らない、(4)は否認する。被告中嶋は、被告アールケー大阪が存在することすら知らず、勿論その取締役に就任することを承諾したこともない。右就任は被告中嶋の意思に反するものであり無効である。

(二) 同2及び3は知らない。

(三) 同4は否認する。

(四) 同5は知らない。

3  被告越山

被告越山は、平成九年七月三〇日の第一五回口頭弁論期日になって初めて出頭し、本訴請求を争う、請求原因に対する認否は追って述べる旨答弁したが、その後の口頭弁論期日に出頭しなかった。

第三証拠関係《省略》

理由

一  請求原因1(当事者)のうち、(一)(原告)及び(二)(1)(被告香川医師)及び(2)(被告越山)については原告と被告香川医師との間では争いがなく、原告とその余の被告との間では、《証拠省略》によると、岩井眼科は、アートメーキング三井ないしエイエム三井がRK手術の施行を目的として設立した眼科診療所であって、実際の経営はアートメーキング三井ないしエイエム三井によってなされていたこと、被告香川医師は、平成二年三月アートメーキング三井に就職し、岩井眼科が開設された平成三年四月から同眼科に勤務し、研修期間を経て同年七月末から自ら岩井眼科においてRK手術の施行を担当したこと、同年九月六日、岩井眼科を訪れた原告に対し、執刀医として第一回目の本件RK手術を施行したこと、岩井眼科が平成四年一月に営業廃止後の同月一四日、同じ場所において、香川眼科を開設し、岩井眼科の患者及び人的・物的設備のすべてをそのまま引き継いだこと、被告越山は、岩井眼科及び香川眼科において、アートメーキング三井ないしエイエム三井の副社長という肩書で行動していたことが認められる。

また、被告アールケー大阪が、平成三年一一月二一日、中嶋直喜を代表取締役、被告中嶋を取締役として設立された会社であり、中嶋直喜が、平成四年九月一六日死亡していることは本件記録上明らかであるが、被告アールケー大阪がエイエム三井ないしアートメーキング三井により設立され、岩井眼科を直接運営していたことを認めるに足りる証拠はない。

二  請求原因2(一)及び(三)は、原告と被告香川医師との間では争いがなく、原告とその余の被告との間では、《証拠省略》によりこれを認めることができる。

請求原因2(二)は、被告香川医師が岩井眼科の経営を引き継いだ点を除いて、原告と被告香川医師との間では争いがなく、原告とその余の被告との間では、《証拠省略》によりこれを認めることができ、また、右証拠によれば、被告香川医師が岩井眼科の経営を引き継ぎ、岩井眼科と原告との間の診療契約上の権利義務の一切を承継したことが認められる。

三  請求原因3について判断するに、以下の事実は、原告と被告香川医師の間では争いがなく、原告とその余の被告との間で《証拠省略》によりこれを認めることができる。

第一回目の本件RK手術前の原告の眼の状態は、裸眼視力が右眼が〇・〇六、左眼が〇・〇七、屈折度数が右眼がマイナス四・七五D、左眼がマイナス二・五〇D、乱視度数が右眼がマイナス〇・五〇D、左眼がマイナス一・五〇D、乱視の軸角度が右眼が一〇五度、左眼が八〇度であった(請求原因3(一))。

被告香川医師は、平成三年九月六日、原告に対し、右眼についてはオプティカルゾーンの直径二・八ミリメートル、放射状の切開の本数八本、左眼についてはオプティカルゾーンの直径三・〇ミリメートル、放射状の切開の本数四本、横断的なT切開の本数二本の手術計画を立て手術を施行した(請求原因3(二))。

第一回目の手術の結果、原告の左眼の裸眼視力が〇・〇七から〇・八に、屈折度数はマイナス二・五〇Dからプラス〇・七五Dに、乱視度数はマイナス一・五〇Dからマイナス一・〇Dに、乱視の軸角度は八〇度から一三〇度になり、右眼については、裸眼視力が〇・〇六から〇・二に、屈折度数はマイナス四・七五Dからプラス二・七五Dに、乱視度数はマイナス〇・五〇Dからマイナス二・五〇Dに、乱視の軸角度は一〇五度から九〇度になった(前同)。

右眼の状態改善のため、平成四年三月六日、被告香川医師により、第二回目の手術が行われ、右手術では、右眼の乱視状態を矯正するため、右眼の三時ないし九時の位置に一本ないし二本のT切開をすることが計画されたが、実際には、九時の位置に一本の切開が加えられた。

第二回目の手術後、原告の右眼の裸眼視力が〇・二から〇・五に、屈折度数がプラス二・七五Dからプラス二・〇Dに、乱視度数がマイナス二・五〇Dのままで変化がなく、乱視の軸角度は九〇度から二〇度になった(請求原因3(三))。

平成四年九月二六日に、原告は右眼について第三回目の手術を受け、その執刀医は李医師であった。右手術後、原告の右眼の裸眼視力が〇・五から〇・七に、屈折度数がプラス二・〇Dからプラス一・五〇Dに、乱視度数がマイナス二・五〇Dからマイナス一・七五Dに、乱視の軸角度が二〇度から七〇度になった(請求原因3(四))。

平成七年八月四日の検査時における原告の眼の状態は、右眼については、裸眼視力が〇・七、矯正視力が一・〇、屈折度数がプラス一・五〇D、乱視度数がマイナス一・七五D、乱視の軸角度が七〇度であり、左眼については、裸眼視力が〇・九、矯正視力が一・二、屈折度数がプラス〇・七五D、乱視度数がマイナス一・二五D、乱視の軸角度が一四〇度となっている(請求原因3(五))。

この間の原告の眼の症状の推移についてみると、《証拠省略》を総合すれば、原告は、第一回目の本件RK手術を受けた平成三年九月六日、被告香川医師の検査を受け、その際被告香川医師からは特に何も言われなかったものの、右眼は、物が二重に見えて、かなり遠視になったような自覚症状があったこと、最初は左眼にもスターバーストの症状があったがその後は良くなったこと、同月一六日と同年一〇月六日にも検査を受け、右眼が左眼よりも症状が悪かったこと、手術後一か月を経過したころから、右眼は、物が二重に見えていたのが三重に見えるようになり、スターバースト症状があり、太陽を見ると本件RK手術により角膜に付いた傷が見え、その部分が白濁しているように見えたこと、被告香川医師から乱視がひどくなっているとして再度手術を受けるように勧められたこと、同年一二月一二日、三か月目の検診を受け、その際第二回目の手術を受けることを決め、平成四年三月六日、香川眼科において、香川医師の執刀により第二回目の本件RK手術を受けたこと、第二回目の手術後、右眼は、多少は改善されたものの、スターバースト症状や物が二重に見える症状は残っていたこと、原告は、同年九月二六日、伊藤クリニックにおいて、李医師により第三回目の本件RK手術を受け、その結果、右眼の症状は大分改善されたこと、平成七年八月四日、東京大学医学部付属病院角膜移植部の医師水流忠彦により、原告の診察及び眼科学的検査が実施され、その結果、原告の遠方視力は、右眼は、裸眼視力〇・七、矯正視力一・〇の混合乱視の状態、左眼も、裸眼視力〇・九、矯正視力一・二の混合乱視の状態であり、原告の近方視力(近見視力)は、右眼は、裸眼視力で〇・二、矯正視力で〇・五であり、左眼は、裸眼視力で〇・三、矯正視力で〇・八で、いずれも遠方矯正用のレンズにプラス二・〇Dの加入が必要であること、自動他覚屈折・角膜計を用いた屈折検査の結果、自動他覚屈折計では両眼ともエラー表示となり、測定不能であったこと、原告の瞳孔径は、暗所視下では右眼六・四ミリメートル、左眼六・〇ミリメートル、明所視下では右眼三・〇ミリメートル、左眼三・〇ミリメートルであったこと、コンピュータを用いた角膜形状解析の結果、両眼ともRK手術の結果と考えられる角膜のほぼ中央部の屈折力低下、すなわち角膜曲率の平坦化が認められ、右平坦化の中心は、右眼ではやや上方に偏位しているが、左眼はほぼ瞳孔中央に一致し、右眼では角膜下方に屈折力の高い部分があり、全体としてやや角膜乱視が強い状態であったこと、球面不正指数は、右眼で二・八七、左眼で一・〇一、球面均整指数は右眼で二・七七、左眼で〇・四六であったこと、コントラスト感度及びグレア障害の有無につき、暗室で約一五分の暗順応後、両眼それぞれ、夜間コントラスト感度、夜間中心グレア下でのコントラスト感度、昼間コントラスト感度、昼間周辺グレア下でのコントラスト感度の順で各検査を行った結果、夜間コントラスト感度は、右眼は空間周波数一・五cycle/degree(以下「c/d」と略す。)で中等度のコントラスト感度の低下、他の周波数で軽度の低下がみられ、左眼は全周波数で軽度の感度低下がみられたこと、夜間中心グレア下でのコントラスト感度は、右眼は全周波数で中等度の低下がみられ、左眼では一・五c/dで中等度低下、三c/d及び一二c/dで軽度の低下がみられたが、六c/dは正常下限であったこと、昼間コントラスト感度は、右眼は一二c/dで高度の感度低下、一・五、六、一八c/dで中等度低下、三c/dで軽度の低下がみられ、左眼では全周波数で軽度の感度低下がみられたこと、昼間周辺グレア下でのコントラスト感度は、右眼は全周波数で軽度のコントラスト感度の低下がみられたが、左眼では全周波数でほぼ正常範囲内であったことから、夜間視力の低下、特に右眼の夜間視力の低下のあることが推測されること、夜間中心グレア障害もほぼ同様の傾向がみられ、特に右眼でのスターバーストが強く現われる可能性が考えられること、明所でのグレア障害は右眼に軽度認められたが、左眼ではほぼ正常範囲内と考えられること、RK切開のオプティカルゾーンの直径は右眼で二・六ミリメートル、左眼で二・四ミリメートルであり、明所での患者の瞳孔直径である三・〇ミリメートルより小さく、明所視下でもわずかに瞳孔領内に切開線が及んでいること、原告の視力の状況は、近方視力は、裸眼で右眼は〇・二、左眼は〇・三、同矯正視力は右眼で〇・五、左眼で〇・八であって、近業に支障がでる可能性があること、右眼にはマイナス一・七五D(乱視軸七〇度)、左眼はマイナス一・二五D(乱視軸一四〇度)の斜乱視がみられ、角膜形状解析では両眼とも球面不正指数と球面均整指数が高いことや、カラーコードマップの結果から判断して、不正乱視の状態と考えられること、両眼では右眼の方が不正乱視の程度が強いと判断されること、夜間見えずらいとの自覚症状は、夜間コントラスト感度の低下からも裏づけられ、オプティカルゾーンが右二・六ミリメートル、左二・四ミリメートルと、標準的なRK術式と比較して狭いことに加えて、右眼ではRK切開とT切開が合計一四本と多いことが一因と考えられること、スターバースト現象については瞳孔領内に切開線が及んでいることや、角膜不正乱視が原因と考えられ、夜間中心グレア障害の検査結果と一致するものと考えられることが認められる。

原告の現時点における眼科的な自覚症状は、①細かいものが見えづらい、②夜間はよく見えない、①両眼のスターバースト現象があるというものであるが、右認定事実によれば、これらの症状は、右検査結果によっても裏付けられているということができる。

四  請求原因4について判断する。

(事実関係)

前記一ないし三の各争いのない事実に《証拠省略》を総合すると、次の事実が認められる。

1  RK手術は、Radial Keratotomyの略語で、放射状角膜切開術を意味する。RK手術は、簡単に言うと、角膜を放射状に切開して角膜曲率を変化させ、これによって屈折矯正(近視の改善)を図る手術である(以上のことは原告と被告香川医師との間で争いがない。)。

RK手術の手術効果の原理は、角膜前面を放射状に切開すると、角膜の周辺部にshoulder(肩)ができ、角膜が前方に突出するため、結果として角膜中央部が扁平化し、近視が減弱すると考えられている。しかし、まだ、効果の原理は完全に解明されていない。

RK手術の術式は、角膜中央部に三ないし六ミリメートルのオプティカルゾーン(光学域)をマーカーでマークする。マーカーのサイズは、得ようとする効果により異なる(小さなマーカーほど効果は強い)。角膜厚を測定後、一定の深さでセットした刃を用いてオプティカルゾーンの外側を対角線上で放射状に切開を加える。切開の方法は中央部→周辺部と、周辺部→中央部の二方法があるが、中央部→周辺部が主として用いられている。

刃は、以前は金属が用いられていたが、一九八一年頃からはダイヤモンドやサファイヤが主流となっている。

切開本数は当初、一六ないし三二本が用いられていたが、八本を超えるとそれほどの効果が得られないことや切開の深さにバラツキがでることなどの理由により、現在は八本が主として用いられており、最近四本切開も注目されている。

初回の手術の効果をみて、新たに切開を加えたり、前回の切開線を再切開し、より強い効果を得る方法も行われている。

術式は、術者により、また矯正すべき近視の強さにより異なる。手術量の調節は、①オプティカルゾーンのサイズ、②切開線の深さ、③切開の本数などで行われるが、そのほかに、①性、②年齢、③眼圧、④角膜径、⑤角膜厚などによっても術後の屈折効果が異なるため、それぞれの数値を挿入して用いる術式の条件が出てくる計算式が考案されている。しかしながら、効果に影響を与える因子が種々であるため(①年齢では高年齢者ほど強い効果が得られる。②性差では女性よりも男性の方が強い効果が得られる。③術前の近視が強いほど強い効果が得られる。④術前の角膜カーブがスティープなほど強い効果が得られる。⑤眼圧が高いほど強い効果が得られる。⑥角膜径が大きいほど強い効果が得られる。⑦切開の深さが深いほど強い効果が得られる。⑧切開線の数が多いほど強い効果が得られる。⑨オプティカルゾーンのサイズが小さいほど強い効果が得られる。⑩より経験を積んだ医師の方が強い効果が得られる。)、完璧な計算式はまだ存在しない。

RK手術の治療効果については、我が国の眼科医師の間でも未だ評価の分かれるところであり、この間の事情は、平成五年に日本眼科学会が屈折矯正手術適応検討委員会答申(屈折矯正手術の適応について)の中で、「屈折矯正は、基本的にはまず眼鏡あるいはコンタクトレンズによって行われるべきである。それらが装用困難な場合にのみ屈折矯正手術が考えられる。その適応は、二〇歳以上で本手術の問題点と合併症とについて、十分に説明を受け納得し、かつ」①不同視、②二Dを超える角膜乱視、③三Dを超える屈折度の安定した近視のいずれかに該当する者とするとし、屈折矯正手術は眼科専門領域のものであり、術者は日本眼科学会認定の専門医でなければならないし、さらに、術者は日本眼科学会推薦の屈折矯正手術に関する講習会を受講することが望ましいとしていること(右答申及びその内容については、原告と被告香川医師との間で争いがない。)、日本眼科学会理事長が、右答申に関して、「近年、角膜に侵襲を加える屈折矯正手術が大きな話題となり、諸外国で実施症例も多い。ソビエトで始まった角膜前面放射状切開は、特に外国において熱烈に迎えられた。現在は盛期を過ぎて反省期にあるといわれるが、屈折異常治療の一部を占めているのは事実である。我が国では、かつて佐藤勉氏の角膜両面放射状切開を受けた一部の患者が、のちに水泡性角膜症を起こした経験から、眼科医の大部分は角膜前面放射状切開について批判的であった。ここ数年来登場した別の方法にエキシマレーザーによる角膜切除術がある。最近、この手術装置に関して臨床治療試験の申請が行われているという。切開や切除などの侵襲を加えた正常の角膜組織が従前の状態に復旧することは不可能である。眼鏡やコンタクトレンズなど既に長期の経験から評価を得た矯正法のある屈折異常に対して、これらの角膜手術を行うのは慎重を要し、厳格に適応症例を選ぶべきことは当然である。」と述べていることからも容易に推測することができる。

さらに、右の点については、日本眼科学会屈折矯正手術適応検討委員会が平成七年に出した「屈折矯正手術の指針」について、日本眼科学会理事長が次のように述べているのが参考となる。すなわち、

「屈折異常の大部分は、眼球の構造式の問題である。したがって、屈折異常の治療は、眼鏡またはコンタクトレンズで矯正するか、根本的には手術によるほかはない。

屈折異常のうち、近視の手術は、三十数年前我が国で初めて行われたのであるが、一〇~三〇年後手術を受けた人の約三分の一が、水泡性角膜症を起こし、失明に近い高度の視力障害を残した。そのため、近視の手術は、長い間我が国では顧みられなくなっていた。

一方、海外では、一九七〇年代になって、メスによる角膜放射状切開術が復活し、一九九〇年代からエキシマレーザーによる角膜切除術が行われるようになってきた。これらの方法は、以前の方法に比較して安全性は高いとされてはいるものの、長期予後については不明である。

しかし、屈折異常があって、眼鏡またはコンタクトレンズの装用が困難な人や、社会的に良好な裸眼視力を要求される職業を望む人にとっては、屈折矯正手術への期待が大きいことは当然である。

平成五年六月に屈折矯正手術の適応についての答申を受けてから二年が経過した。この間に、我が国におけるエキシマレーザーによる角膜切除術の臨床治験が進められて、この手術方法に対してある程度の評価が可能な時期に来ていると考えられる。この時期に当たり、屈折矯正手術の適応に関する専門委員会を召集して本問題の再検討を委嘱した。その結果、下記のような答申を得た。

屈折矯正手術を希望する人に対して、この手術のメリットと共にデメリットを理解して頂き、また、情報社会かつ高齢社会の今日、近視の持つ近方視への有利性を踏まえ一生を通して手術を受けるべきか否かを判断してもらうことは必要であり、さらに、屈折矯正手術の術者には手術に当たって留意すべき基本的事項を示すことが、日本眼科学会の使命と考えられる。」としている。

そして、右指針は、エキシマレーザー屈折矯正手術前に必要な手術を受けようとする者に十分説明し納得を得ることが必要な説明内容としてまず、適応条件について、「二〇歳以上の眼鏡またはコンタクトレンズの装用困難者で下記の説明を十分に受け納得し、かつ以下の各項目のいずれかに該当する者」として、①二D以上の不同視、②二D以上の角膜乱視、③三D以上の屈折度の安定した近視の三種類を挙げ、「但し、屈折矯正量は一〇Dを限度とし、術後の屈折度は、将来を含めて遠視にならないことを目標とする。なお、両眼に手術を行う場合には、片眼手術後三か月以上観察し、経過が良好なことを確認した上で、他眼の手術を行う。特に、屈折矯正量が六Dを超える場合には更に慎重な経過観察が必要である。」とし、問題点と合併症について、「屈折矯正手術は、諸外国において、かなりの数の症例に行われ、屈折矯正法としての効果が認められている。しかし、反面以下に述べるような問題点と合併症が指摘されている。」とし、問題点として、①新しい方法で長期予後は不明である、②一度手術を受けたら、元に戻すことができない、③実際の近視や乱視の軽減度と予測値との間に差がある、④屈折度安定までに一定の期間が必要である、⑤コンタクトレンズ装用が困難になることがある、⑥視機能低下がみられる、a矯正視力低下、bコントラスト感度低下、c眩輝(グレア)発生、⑦老眼になったとき裸眼での近見視が不便になる、⑧術後疼痛、⑨術後も眼鏡やコンタクトレンズによる追加矯正が必要となる場合がある、⑩センタリングのずれにより新たな乱視の発生があることが挙げられ、また、合併症として、①感染、②反復性角膜びらん、③角膜上皮下障害、④乱視発生、⑥眼圧上昇を挙げている。

以上の点に照らすと、原告が本件RK手術を受けた平成三年当時においては、一般の眼科医の間では、右手術の安全性や有効性については、批判的な見方もかなり支配的であったと考えられるから、医師としては、その施行にあたって、手術適応の有無や予後の予測等について相当慎重な対応が求められていたものというべきである。また、そのような見地から考察すると、乙第二号証の1(香川眼科で用いられていた「手術承諾書」用紙)や同号証の2(香川眼科で用いられていた「重度近視及び乱視の方の手術念書」用紙)は、前記各答申以前のものであるとはいえ、ごく簡単な記載があるのみで、それ自体ではRK手術に右問題点があり、合併症が生じる危険性があることを明確に告知したことを根拠づける内容とはなっていないといわざるを得ない。

2  被告香川医師は、昭和五五年、岡山大学医学部を卒業後、臨床研修を受けながら、神経解剖学の研究をした後、岡山大学大学院に進学し、病理学を専攻したのであり、眼科の臨床については、大学院時代のアルバイト先に眼科があった関係で興味を持ち、そこに来ていた専門医の診療の補助をしたくらいで、眼科の基礎知識についても自分で教科書を読んで修得した程度であり、日本眼科学会認定の専門医でもない。その後、被告香川医師は、昭和六一年に大学院を修了後、内科病院で勤務し、平成二年三月、アートメーキング三井の美容外科担当医募集の求人広告を見て応募し、同社に月額約一〇〇万円の給与で入社し、平成三年四月、同社が岩井省三を開設者として開設したRK手術の施行を専門とする眼科診療所である岩井眼科に勤務することになった(被告香川医師の専門が病理学であったこと、アートメーキング三井への入社が美容外科医師募集の求人広告に応募したことがきっかけであったこと、被告香川医師が、台湾でRK手術の研修を受けたこと、日本眼科学会認定の専門医でないことは、原告と被告香川医師との間で争いがない。)。

岩井眼科では、当初は、台湾人の陳徳照医師の執刀によってRK手術を行っていたが、被告香川医師は、入社後約一か月間にわたって台湾で研修を受けたり、渡米してエキシマレーザーによる角膜切除術の模様を見分するなどした後、同年七月末ころから、自らもRK手術を行うようになった。

被告香川医師は、平成四年一月一四日、岩井眼科廃止後、同じ場所で、岩井眼科の設備等をすべてそのまま引き継いで香川眼科を開設したが、同年九月、患者とのトラブル等が原因でこれを閉鎖し、当時のカルテも自らの手元には残っていない。

この間、被告香川医師は、約一二〇〇例のRK手術を執刀しているが、そのうち相当数が初診日に即手術を施行しており、被告香川医師自身約半数の患者に術後三か月ないし六か月しても合併症が残存していたとしている。

3  岩井眼科及び香川眼科では、近視矯正法としてRK手術が優れていることを強調した広告を、タクシーの中で配布されるパンフレットや各地のミニコミ誌、新聞等を通じて行っていた。

右広告の内容は、例えば、原告が目にした岡山地方で配布されているミニコミ誌「こんにちは新聞」で言えば、「ご存じですか? 手術で視力を取り戻す… これが注目のR・K手術 こんな職業の人たちが視力を回復した」、「安心と信頼の全国一三〇店舗~美をクリエイトして豊かな生活環境を守る~ 岡山で話題のR・K手術が受けられる! 待望の岡山院がOPEN!!一〇倍以上視力が回復驚異の手術についてお話をうかがうと… 体験者の紹介での来院が多い」、「R・K手術に喜びの声続々―。視力回復し憧れの職業に! 後遺症などの報告ゼロ」、「視力回復体験記 日本でも三万人が実証 近視・乱視が手術によって回復―。 驚異のR・K手術。」などの大見出しが踊り、RK手術を賞賛する体験者のレポートを掲載したものであり、RK手術によれば、近視を簡単かつ安全に回復させることができるかのような内容となっている(岩井眼科ないし香川眼科が、RK手術について、広告の中で、「RK手術は視力がほぼ一〇倍以上回復する。」、「RK手術が原因の後遺症や視力の低下は報告されていない。」という表現を用いていたことは、原告と被告香川医師との間で争いがない。)

4  原告は、中学時代から眼鏡を使用し、コンタクトレングを使用したこともあったが異物感があってなじめず、コンピュータの電子回路の設計や組立を業とする株式会社A野を経営し、自ら回路のハンダ付けなどの仕事をしているが、夏季等作業中に汗で眼鏡がずれたりして不便を感じていたところ、平成三年九月ころ、職場に配布された「こんにちは新聞」に掲載されていた岩井眼科の広告を見てその内容に興味を持ち、岩井眼科に電話したところ、手術を受けるか否かは別として、検査を受けに来診するよう言われたため、検査目的で岩井眼科を受診することに決め、同月六日の受診を予約した。

5  原告は、同日、岩井眼科を訪れ、視力検査、眼圧検査、眼底検査及び尿検査を受けた後、榎本からカウンセリングを受けた。その際、榎本は、原告に対し、「検査の結果、RK手術は可能であり、簡単な手術である。」、「手術をすれば、一〇倍視力が回復する。」、「アメリカで三〇万例が実施されているが、手術の失敗は全くない。」などと言って、RK手術が失敗のない安全な手術である旨説明し、さらに、「三か月から六か月先まで予約が一杯で、今手術しなければ、いつ手術ができるか分からない。」、「今日、九州から来る予定の人が来られなくなったので、空きがある。」などと言って、直ちにRK手術を受けるように勧めた。

その結果、原告は、手術を受けるなら早いほうがよいと思い、RK手術を受けることを承諾し、同日、被告香川医師の執刀により本件RK手術を受けた(原告が、平成三年九月六日、岩井眼科を受診し、本件RK手術を受けたことは、原告と被告香川医師との間で争いがない。)。

6  被告香川医師は、右手術前、原告に対し、手術内容について具体的な説明をせず、また、手術を受けなかった場合の予後についても何らの説明をしていない。

(判断)

そこで、右認定事実に基づき、被告らの責任について判断する。

1  不法行為責任について

原告は、そもそも被告らの行った本件RK手術が、広告内容やRK手術への勧誘方法、手術内容、手術代金等を総合的に評価すれば全体として不法行為を構成する旨主張する。

しかしながら、まず被告越山、同アールケー大阪及び同中嶋の責任について検討すると、同被告らが本件RK手術に具体的に関与したことを認めるに足る証拠はなく、同被告らに対する請求はその余の点について判断するまでもなく理由がない。

また、被告香川医師の責任について検討しても、前認定のとおり、RK手術は、平成三年九月当時、その安全性や有効性について批判的な見方もかなり支配的であったものの、これを積極的に認めていこうとする医師も相当数あり、症状の改善効果が認められる症例もあり、その術式も様々なものがあったと認められ、医師は診療にあたり、いかなる療法を用いるかを選択する裁量権を有するとみられるところ、原告主張事実のみをもってしては、被告香川医師が右裁量権を逸脱したものとまではいえないから、被告香川医師の行為が不法行為を構成するとする原告の主張は採用できない。

2  説明義務違反について

医師は、患者の生命及び身体の健康の管理を目的とする医療行為を行う立場にあり、右医療行為を的確に行うには、患者は医師に対し正確な症状を伝え、医師は患者に対し診断・療養等につき説明指導することが必要となる。

とりわけ、医師が患者に対し、手術等の医的侵襲を加え、そのため生命・身体等に重大な結果を招く危険性の高い場合には、その重大な結果を甘受しなければならない患者自身に手術を受けるか否かについて最後の選択をさせるべきであるから、医師は説明義務の免除される特別の事情のない限り、その手術の目的、内容、危険性の程度、手術を受けない場合の予後等について十分な説明を行い、その上で手術の承諾を得る義務があるものというべきである。もっとも、具体的事案において、医師が患者に対し、どの程度の説明をすれば説明義務を履行したことになるかは困難な問題である。

これを本件についてみるに、近視の治療法であるRK手術は、他の医療行為と比較して、直ちに行うべき緊急性や必要性に乏しく、手術結果と患者の主観的願望とが一致することが強く求められること、前記認定のとおり、RK手術は、合併症や後遺症が発生する危険性があり、しかも原告がRK手術を受けた平成三年九月当時は、一般の眼科医の間においても、近視の治療方法として適切な手術方法であるか否かについて批判的な見方もかなり支配的であったことを併せ考えると、少なくとも、被告香川医師は、原告に対し、本件RK手術の目的、内容、危険性の程度(成功の見通し、視力回復の見通し)、手術を受けなかった場合の原告の病状の予後等について十分な説明を行ったうえで手術の承諾を得る義務があったものといわなければならない。

しかるに、被告香川医師は、原告に対し、前記認定のとおり、手術内容について具体的な説明をせず、また手術を受けなかった場合の予後についても何ら説明をしておらず、本件RK手術の危険性の程度に関しては一切の説明をしないで、原告の承諾を得たものと認めざるを得ない。してみると、被告香川医師が説明義務を免れる特別の事情の認められない本件においては、同被告が説明義務を履行しなかったことにつき過失があるものといわなければならない。

なお、被告香川医師の供述中には、原告に対し、本件RK手術によって後遺症や合併症等が生じる可能性がある旨説明したとの部分が存するけれども、右供述は、原告本人のこの点に関する供述と対比して俄に措信することができず、かえって、前掲乙第二号証の1、2にも、RK手術後に後遺症、合併症等が生じる可能性があることについて明確な記載が存しないことに照らすと、手術前に原告にそのような説明は行われなかったものと推認せざるを得ない。

したがって、被告香川医師には説明義務違反が認められ、同被告はこれにより原告の被った損害を賠償する責任がある。

3  適正手術義務違反について

原告は、被告香川医師が術式の選択を誤った旨主張するが、本件全証拠によるもそのように認めるに足りない。

五  請求原因5(損害)について判断する。

1  原告の損害と被告香川医師の賠償責任の範囲

原告は、右のような被告香川医師の説明義務違反を内容とする過失により、前記三認定の障害を負ったとして、これについての手術費、逸失利益の財産的損害を請求している。

仮に、被告香川医師が右のとおり本件RK手術の手術内容及びその危険性等について説明義務を尽くしていたならば、原告が手術を拒否し、右障害を阻止し得た蓋然性を全く否定することはできない。

しかし、説明義務を尽くし、その手術内容について全く問題がなかったとしても、RK手術には、前示の後遺症や合併症を発症する危険性があるなど種々の不確定要素が多い事情に鑑みると、これらの不確定要素を捨象したうえ、完全な視力を回復することができることを前提として、原告の損害を算定することは相当でない。

したがって、財産的損害については独立してこれを算定することなく、慰謝料算定の一要素として考慮するのが相当である。

2  慰謝料

前記認定のとおり、本件RK手術はその危険性が大きく、場合によっては重篤な後遺症や合併症を招来する可能性もあったのであるから、原告としては、医師からその手術内容、成功の見通し、手術しない場合の予後等について十分な説明を受けたうえ、その手術をするか否かの最終決定権を有している。にもかかわらず、原告は、被告香川医師から右の点につきほとんど詳しい説明を受けず、本件RK手術を受けることにより視力等の症状が回復するものと期待していたところ、本件RK手術の結果、右の期待を裏切られ、かえって前記のような後遺症や合併症を発症するに至り、日常生活にも支障を生じる状態となり、その精神的苦痛は計り知れないものがあると推認される。これらの点に本件RK手術の宣伝態様、原告の病歴等一切の事情を斟酌すると、被告香川医師が原告に対し賠償すべき慰謝料額は三〇〇万円をもって相当と認める。

3  弁護士費用

本件事案の内容、審理経過、認容額、その他諸般の事情を考慮すると、被告香川医師の不法行為と相当因果関係のある損害としての弁護士費用は三〇万円と認めるのが相当である。

六  結論

以上の次第で、原告の本訴請求は、被告香川医師に対し、不法行為に基づく損害賠償として、三三〇万円及びこれに対する第一回目の本件RK手術の日である平成三年九月六日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、同被告に対するその余の請求及びその余の被告らに対する請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法六一条、六四条を、仮執行の宣言について同法二五九条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小澤一郎 裁判官 山田真由美 裁判官吉波佳希は転補のため署名押印することができない。裁判長裁判官 小澤一郎)

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